CRISPRについてはゲノム編集の技術と分かっている方やメカニズム詳細までわかっている方等々、理解度は様々かと思います。
でも『全くわかっていない方が概要を理解できる情報』ってまだまだ少ない様に思います。
論文を読めば、理解できますが、詳しくなるにはかなりの時間は必要です。
そこで今回はCRISPR-Casシステムの中で最も登場が多く基本となるCRISPR-Cas9について0から概要がわかる様に解説をしていきたいと思います。
専門分野の人にとっては退屈かもしれませんが、あまり関わりのない人や学生間で話題になったときに
「あ、コイツ知っているな」と思ってもらえるくらいのレベルにはなれると思います。
なお、少々大容量になるため
- 概要と基本メカニズム解説
- 治療への応用
上記2partでお届けします。
CRISPRの概要と用語解説
CRISPRの歴史
まずは簡単に歴史を紹介します。
CRISPR自体の発見は意外と古いです。その発見は1986 年。
昭和61年まで遡ります。
更にCRISPRの最初の発見者は日本人です。
石野 良純博士(九州大学教授)が29歳で発見しています。
大腸菌の遺伝子解析を行なっていた石野 良純博士は
『大腸菌の遺伝子情報内に規則正しい塩基配列が繰り返される領域』を発見します。

当時はどんな働きをするか石野博士も見当つきませんでしたが、後に解析されCRISPRと名付けられ現代に至ります。
その後、数多の研究者の手によって解析が重ねられ、2012年ついにCRISPRが飛躍的に活用される時が来ます!
その技術を発表したのはカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授とスウェーデンのウメオ大学のエマニュエル・シャルパンティエ教授です。
お名前からお気づきの通り両名ともに女性研究者です。
彼女らはCRISPR-Casシステムの一つであるCRISPR-Cas9(DNA切断酵素)を利用し簡易かつ高精度で遺伝情報を書き換えるゲノム編集技術を開発しました。
このCRISPR-Cas9はゲノム編集のハードルを大きく下げる技術でした。
ざっくり言うと従来の技術と比べて安くて簡単、そして汎用性が非常に高かったのです。
それはもうびっくりするくらい。
すごすぎてCRISPR-Cas9の2年前に開発された技術がそっくり取って代わられる位の衝撃です。
CRISPR-Casってナニ?
間違いなくCRISPRは歴史を変えた技術です。
なんだか凄そうな技術ですよね?
実際、近い将来ノーベル賞を取るのではないかとずっと言われておりました。
が!
2020年ノーベル化学賞をジェニファー・ダウドナ教授とエマニュエル・シャルパンティエ教授が受賞しました。
おめでとうございます!!
BREAKING NEWS:
— The Nobel Prize (@NobelPrize) October 7, 2020
The 2020 #NobelPrize in Chemistry has been awarded to Emmanuelle Charpentier and Jennifer A. Doudna “for the development of a method for genome editing.” pic.twitter.com/CrsnEuSwGD
すごそうな技術だとわかったところで、実際の内容に入っていきます!
CRISPRの意味
まずは名前からです。名前を知るのと知らないのではどんな技も威力が変わります。
実は当ブログでは名前の意味を大切にすると言う裏コンセプトもあります(笑)。
どうでもいいや!!って人は読み飛ばしてください。
CRISPRはクリスパーと呼びます。
clustered regularly interspaced short palindromic repeatの頭文字をとっています。
日本語訳すると「クラスター化され(集まった)規則的に間隔があいた短い回文構造の繰り返し」です。
なんのこっちゃ?って話なんですが、
CRISPERは元々、原核生物の遺伝子のある領域を指している言葉です。
遺伝子の一部分の名前なんです。
ちなみに原核生物は細菌が最も身近です。大腸菌とか緑膿菌とかです。
CRISPRは細菌のある遺伝子領域が回文配列を規則正しく間隔を空けながら繰り返しているんです。
なので規則正しい短い回文構造が集まってるよーという名前がついています。
イメージはこんな感じです。

この繰り返された領域をCRISPRと呼びます。
更にAという配列が回文構造になっています。
ちなみに生物学における回文って少し変わってまして、対応する相補的な塩基配列を逆から読んで回文になっていることを言います。
ちょっとわかりにくいので例をあげますと
【CGGTTTAAACCG】という配列があった場合、その相補的な配列は
【GCCAAATTTGGC】となりますが←方向に読むと【CGGTTTAAACCG】となり最初の配列と同じになります。
回文化することでRNAはループ構造を取れます。自身とくっ付くことができるんです。
よくよくCRISPRに出てくるRNAを観察すると端っこが丸く丸まっていると思います。
これは回文構造の結果です。
Casの意味
続いてCasです。
Casも同様に遺伝子の領域の名前です。
よく専門書ではCas遺伝子群って言われます。
名前の由来は何かというとCRISPR-associated(クリスパー関連)の遺伝子群の頭文字です。
元々はCRISPRを研究していた科学者たちがCRISPRのすぐ側には常に別の配列の群があることに気がつき、「これCRISPRに関連する働き持っているんじゃね?」ということから関連遺伝子群という名前になっています。
Cas にはヌクレアーゼやヘリカーゼといったDNAを分解したり、切断したりする酵素情報がコードされています。
その種類は多岐に渡り、ここの違いでCRISPR-Casシステムは様々な働きの違いを生みます。
Casから作られるタンパク質はCas1やCas9等々、Cas+番号がふられています。

CRISPR-Casシステムの本来の役割
基本用語も分かったところで、自然界での本来の働きを見てみましょう!
先ほど紹介した通り、CRISPRは原核生物の遺伝子のある領域を示しています。
ここが何をしているかと言うと、原核生物の免疫記憶スペースです。
CRISPRの回文構造の間には一定の間隔でスペース(スペーサー領域と呼びます)がありますが、ここに原核生物に感染するウイルスの遺伝(核酸)情報を記憶することができます。
具体的にはウイルスの核酸情報の一部をそっくりそのままスペーサー領域に取り込みます。
取り込むことで相手を覚えてしまいます。
余談ですが現在、CRISPR-Casシステムは約 2 万5 千種類の真正細菌の約50%と約 340 種類の古細菌の約90%に見つかっています。
ファージへの感染防御機構
もう少々、メカニズムを紹介します。
ウイルスの仲間には原核生物に寄生し増殖するファージと呼ばれるウイルスがいます。
ファージは原核生物内にファージの遺伝情報(DNA、RNA)を送り込んで原核生物の代謝システムをのっとって増殖します。

CRISPRはこのファージ感染に莫大な威力を発揮します。
原核生物のCRISPR-Casシステムは送り込まれてきたファージゲノム(DNA、RNA)を破壊することが出来るんです!
- まず原核生物は最初の感染時に侵入してきたウイルスの遺伝情報の一部をCRISPRのスペーサー領域に組み込み記憶します。
- 再度同じDNAをもつウイルスに感染した場合、CRISPRに記憶した情報からウイルスの遺伝情報を識別する物質(crRNA)を作り出します。
- このcrRNAを頼りにウイルスのRNAやDNAを探し当てます。更にCasから作られる各種タンパク質(核酸分解酵素)を組み合わせることでウイルスのRNAやDNAといった遺伝情報を特定し破壊します。
上記が基本的なCRISPR-Casシステムのメカニズムです。
取り込んだ情報からRNAを作成し、それをガイドにCasタンパクを使ってファージゲノムを破壊します。
単細胞生物である原核生物は獲得免疫を持たないと考えられていましたが、それは間違いでした。
原核生物はCRISPR-Casシステムを用いて高度な獲得免疫システムを有していたのです。

CRISPR-Casシステムを使うことで原核生物は過去感染したウイルスのDNAやRNAを破壊し再度感染することを防いでいます。
補足ですが、Casの種類は原核生物の種類でかなりかわります。
生物によってDNAファージに強いCRISPR-Casシステムを持っていたり、RNAに強いシステムを持っていたりします。(DNAを切断するCas3や9、RNAを切断するCas13等があります。)
なお、その類似性からCRISPR-Casシステムは原核生物のRNA干渉とも言われています。
CRISPR-Casシステムの原理:DNA切断メカニズム
続いてどの様にDNAを破壊しているのかを2種類6型19亜型の中で代表的なCas9とCas3を取り上げて紹介します。
CRISPR-Cas3のDNA切断メカニズム
まずはクラス1のCRISPR-CasシステムのCRISPR-Cas3です。
こちらは大腸菌と緑膿菌から見つかっているシステムで複数のCasタンパク質を使うことが特徴です。
第一段階として10種類または11種類のCasタンパク質とcrRNAがCascade(CRISPR-associated complex for antiviral defense:抗ウイルス防御のためのCRISPR関連複合体:カスケード)と言う複合体を形成します。
Cascadeはファージの遺伝情報から作られたcrRNAを積んでいますので、それを頼りにファージゲノムを探し当てます。
cr RNAはウイルスのDNAと相補的な構造(鍵穴と鍵の様な構造)になっているため、探し当てたウイルスの塩基配列と合致し、標識します。つまり、ここがターゲットだよーって言う目印をつけます。
目印がつくとCas3タンパク質が召喚されます。召喚されたCas3はボロボロになるまで、チェーンソーやシュレッダーの様に標的のDNAを何度も切断します。
それはもう凄まじくジェニファーダウドナ博士はこの様に評しています。
ファージゲノムを毎秒300塩基対を超えるスピードで往復してDNAをズタズタにし、長いファージゲノムを屑の山にした。単純なヌクレアーゼが剪定バサミだとすれば、Cas3は驚くほど高速で効率性の高い電動刈り込み機の様だ。
CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見 97Pより引用
当初はその破壊的能力より遺伝子編集には使えないと思われていました。
現にジェニファーダウドナ教授はCas3の研究からCas9の研究に路線変更しています。
しかしながら、投入するRNAを調整することで現在は遺伝子編集にも使える様になっています。
CRISPR-Cas9のDNA切断メカニズム
多くのタンパク質とcrRNAを組み合わせるのがクラス1のCas3でしたが、クラス2のCRISPR-Cas9が使うタンパク質はCas9ひとつです。
CRISPR-Cas9ではcrRNAとtracrRNA(trans-activating crispr RNA)、Cas9が複合体を形成しDNAを切断します。
tracrRNAはcrRNAと接合し成熟させる役割を持ちます。
特に実験下においてはエラーを減らし効率化するために予めcrRNAとtracrRNAを接合させたsgRNA(single guide RNA)が使われます。
具体的な切断のステップはこんな感じです。
- Cas9がターゲットDNAの二重螺旋構造をこじ開けます。
- sgRNAが相補的な配列を探索しDNAと接合し標的します。
- 標識されたDNAの両方の鎖をCas9は1箇所(両鎖で2箇所)切断します。
- 切断後Cas9は新たなTGを求めて別のDNAを探し切断をくし返します。

イメージ画像だけではわかりにくいかと思うのでVISUAL SCIENCEの動画を紹介させてもらいます。
丁度50秒くらいから再生してもらうとCas9がDNAを切断する方法が確認いただけます。
Cas9タンパクがグリグリ回ってDNAを切断します。
Cas3と異なり1箇所の切断、タンパク質が1つと非常に簡易であることがCas9の特徴です。
この簡易さが後の応用時の扱いやすさと量産による安価に直結しています。
遺伝子修復とCRISPRを使ったゲノム編集原理
ここまでCRISPR-Casの概要とDNA切断メカニズムを紹介しました。
ここからはDNAを切断するシステムであるCRISPRがどのようにゲノム編集に活かされるのか紹介していきます
あれ?これゲノム編集に応用可能じゃね?
CRISPR-Cas9の作用がある程度解き明かされた時、ジェニファー・ダウドナ教授たちはあることを考えます。
ターゲットがDNAならばファージゲノムに拘らず他の生物のDNAでも切断できるんじゃないか…
その疑問は的を得ており、CRISPR-Cas9は全く問題なくファージ以外のDNAでも切断します。
CRISPR−Cas9はsgRNAさえ組み換えればほぼ全ての生物のDNAを切断できるシステムだったんです。
更にRNA自体の制作はこれまで遺伝子編集で使われていたタンパク質よりも遥かに簡単。(と言うよりもタンパク質作成が高コスト高難易度)
そして作成が面倒なCas9タンパクは使い回しが可能でコストが抑えられるといいことだらけの技術でした。
遺伝子修復

※遺伝子が欠損する様子
私たちの体は約40兆の細胞で構成されています。そのため、核内に保存されているDNAの数も膨大な数になります。これだけ多いと何らかの理由で壊れるDNAもすごい数が出てきます。
人体は日光の紫外線や酸化ストレス等の影響によって、1秒間に1つDNAが破壊されていると言われています。1日あたり86,400のDNAが壊れている計算です。
教科書によっては、1日1細胞当たり、1万から100万箇所の頻度でDNAは損傷を受けているとも言われます。
とにかくとんでもない量が壊れています。
当然このままではいけないので、生き物の細胞にはDNAを高速で修復するシステムが備わっています。
ヌクレオチド除去修復・塩基除去修復
DNA2本鎖のうち片方が壊れた場合は
- 破壊された部分がDNA分解酵素(ヌクレアーゼ)で除去される。
- もう片方の鎖を参考にDNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)によってDNAが合成される。
- 切断部位と新しいDNAを酵素(DNAリガーゼ)が繋ぐ
と言うステップを踏みます。壊れた塩基が1つの時は塩基除去修復、ごっそり広範囲の塩基が壊れた時はヌクレオチド除去修復が行われます。
どちらも同様に壊れた部分を除去して、無事な片鎖を鋳型の正常な配列を再構成します。
DNA2本鎖のうち両方がいっぺんに壊れることって実は少なくて、多くの場合は片方が壊れます。つまりDNA修復の多くはこの方法が取られています。2本鎖のDNAが1本鎖のRNAより遺伝情報の保存に向いている理由だったりします。
それでも低い確率で両方同時に破壊される場合もあります。これはかなりの緊急事態です。両方破壊された場合はどうなるのでしょうか。
DNA2本鎖のうち両方が壊れた場合の修復方法は、参考となるDNAの有無によって2方法に別れます。
非相同末端結合
一つ目がDNA2本鎖のうち両方が壊れ、近くに参考となるDNAがない場合です。この場合は壊れた部分を捨てて取り敢えず繋ぎます。破壊部分をヌクレアーゼが処理し、リガーゼが繋ぐだけの簡単な処理が施されます。
ちなみに非相同末端結合と言います。
このプロセスは結構適当かつ乱雑な方法です。壊れた部位を捨てるためその部分に欠損が生じますし、全く別の配列が挿入されることもあります。
相同組み替え修復
二つ目がDNA2本鎖のうち両方が壊れ、近くに参考となるDNAがある場合です。前述の方法と比べてこちらの方法は非常にエレガントです。
この方法は参考となるDNAを紐解いて活用します。欠損した部分を参考DNAから探し出し、更に参考DNAを鋳型に正しい配列を作成し修復します。この方法を相同組み替え修復と言います。
口頭だけだと分かりにくいかと思いますので動画を見つけてきました。神動画だと思います。
英語動画ですが、日本語字幕も設定できます。歯車マークをクリックして字幕を入れてご確認ください。
CRISPRを使ったゲノム編集
察しのいい方はお気づきかもしれませんが、CRISPR-Cas9はDNAの両鎖を切断します。
したがって非相同末端結合と、相同組み替えのどちらかが行われます。
そしてこれを応用してゲノム編集を行うのです。
ノックアウト
まずはノックアウトです。Knock OutつまりはKOです。
ボクシングとかで相手をやっつけた時に使う言葉として馴染みがありますよね。
ノックアウトは言葉の通り、遺伝子をKOして正常に働けない様にします。
遺伝情報は精密な暗号なので、通常は全く働かなくなります。この方法がCRISPR-Cas9で最も簡単に行える遺伝子編集です。
非相同末端結合を利用し遺伝子をノックアウトします。
- KOしたいDNA配列と相補的なsgRNAを作成。
- sgRNAとCas9を細胞に導入。
- 目的のDNAが切断。
- 非相同末端結合が実施。
- 元どおり綺麗に修復される場合もありますが、即座にCas9が再切断します。
- 最終的に切断部が欠損、または短い間違った配列が挿入されて修復されます。
- 欠損や挿入によりDNAが機能欠損。

この技術を使えば、目的の遺伝子を不可逆的に止めることができるので、メラニン色素を生成するDNAをKOしアルビノを作るといったことが簡単にできます。
遺伝子挿入
続いて遺伝子挿入です。切断した部分に別の遺伝子を挿入して新たな機能を持たせます。これには相同組み替えを活用します。
CRISPR-Casによる切断は切断された後の両側の配列を正確に予想することが可能です。(PAM配列:protospacer adjacent motifと言う決まった配列の3つ隣の塩基を切断するため)
それでは相同組み替えを使った遺伝子挿入を確認します。
まず便宜上、切断された左側をL配列、右側をR配列とします。
- 切断する前に『L配列−挿入目的遺伝子−R配列』というDNAを人工的に合成。
- 次にCas9を使ってDNAを切断します。
- 切断されたL配列とR配列の側に『L配列−挿入目的遺伝子−R配列』を添えます。
- 細胞は『L配列−挿入目的遺伝子−R配列』が正しい配列だと勘違いし、相同組み替えを発動します。
- 修復されたR配列とL配列の間には挿入目的遺伝子が入ります。

問題点:オフターゲット効果
かなり神ががっているCRISPR-Cas9を用いたゲノム編集ですが、少ないですが課題もあります。
その中で最も大きいものがオフターゲット効果です。目的外の遺伝子を編集してしまうことが少なからずあります。
Cas9に使われるcr RNAの長さが20塩基程度と短く、狙った部位以外で偶然の一致を起こしてしまう場合に起こってしまいます。
また厄介なことに数塩基の違いならば許容してCas9が発動して切断してしまうこともわかっています。
少々編集しすぎるのがCRISPR-Cas9の欠点です。編集のしすぎが予期せぬ副作用やがん化を生んでしまうリスクを孕んでいます。
しかしながら科学者はすごいもので、対応策も現れています。
別々の片方の鎖を切断する様に改良したCasを使って2ヵ所同時に切断された時のみ組み替えが起こるダブルニッキング法(2ヵ所の塩基配列が同じになる可能性は低い、かつ同時に発動しないと切断されないためオフターゲットが起こりにくい)
逆転の発想でCasの切断能力を失わせ遺伝子への接着能力のみを持たせたCRISPR-GNDM
これら等の新しい技術によって、オフターゲット効果も克服しつつあります。