最近はADC抗体薬物複合体の目覚ましい効果が次々に発表されています。
その中で、注目されている分子にTROP2というものが存在します。
2020年に第一三共がプレスリリースにて『DS-1062の第1相臨床試験におけるトリプルネガティブ乳がん患者への投与開始 について』という発表を行いました。このDS-1062がTROP2をターゲットとするADCです。
また アメリカでは類薬が2020年4月FDAに迅速承認を受けている薬が既に存在します。
なんだかスゴそうではありませんか?

気になる方は是非およみください!
TROP2の概要、現在の開発ADCの概要がわかります。
TROP2ってなに?
まずは名前の確認です。なんだかんだ名前って大事ですからね。
名は体を表すとはよく言ったものだと考えてる人間ですので、最初に確認します。
TROP-2はtrophoblast-surface antigen 2
トロホブラストの最初のTROPをとっています。
最初の単語からしか頭文字取らないやつですね。
和訳すると栄養芽細胞表面抗原2という感じでしょうか。
個人的にはトロホブラスト細胞の方が馴染みがあります。

役割
TROPのメインの役割は
- 細胞間接着
- 小胞体からのカルシウム流出を促進することで細胞増殖経路をリン酸化
細胞がくっつく力と増える力を司るタンパク質です。
この他にも中間リン酸化経路としての側面もありますが、直接的に作用するのはこの二つ。
特にがんにおいては、この特性が暴走し、増殖、遊走、転移、アノイキス耐性に寄与します。


根無し草になるとアポトーシスして自死するんです!
それをアノイキスと言うよ。

アノイキス耐性なので
孤独でも死ななくなると言うことね。

転移増殖しやすくなる因子と考えられています。
分布と発現量
TROP-2がいつどこに多くあるかというと、胚や胎児期に広く分布しています。
特に胚トロポブラスト細胞や胎盤に多いとされています。
発生初期や胎児期には増殖が必要なので広範囲にわたって発現していると考えるとしっくり来ますね。
成人になっても上皮細胞に発現することがわかっていまして、
こっちも日々のダメージから分裂・増殖を必要とする部分に発現しています。
具体的には皮膚、食道、肺等に多く発現しています。なお血球細胞には見つかっておりません。
がん細胞においても
肺がん、乳がん、膵臓がん、子宮頸がん、卵巣がん、大腸がん、胃がん前立腺がん、食道がん等にて高発現しており
発現量が多いと予後不良であることがわかっています。

だから予後不良には確かになりやすそう。
小活
- TROP-2は増殖と細胞接着に関与
- 多くのがんで高発現
- 発現量が予後不良因子
- 正常細胞にも存在する

抗TROP-2-ADC

ここからは実際の薬を見ていきます。
TROP-2をターゲットにした薬剤で進んでいる薬剤が2つあります。
両剤とも日本未承認の抗体薬物複合体です。1剤は既にアメリカにて承認されています。
1つめがImmunomedics社(現在はギリアドに買収されました)にて創薬されたsacituzumab govitecan(サシツズマブゴビテカン)。
もう一つが第一三共にて開発されているDS-1062です。余談ですが1062はTROP2をもじっています10(T)6(ROP)2

先に過去記事:抗体薬物複合体の解説をご確認ください
sacituzumab govitecan(サシツズマブゴヒテカン)
sacituzumab govitecanは
RS7と呼ばれるTROP-2抗体と
SN-38(1型トポイソメラーゼ阻害薬イリノテカンの活性代謝物)を結合させた抗体薬物複合体です。
イリノテカンは第一三共からトポテシンという名前で発売されている抗悪性腫瘍剤でして
2009年より本邦でも発売されている歴史ある抗悪性腫瘍剤です。
そしてこれは大きな特徴ですが、
薬物抗体比(DAR)はなんと7.6です。エンハーツに続いて2つ目のDAR約8製品です。
リンカーは細胞内酵素とpH依存で切断されます。
薬物放出力を上げるためかpH依存で分解されるため血液中での安定性が少々悪いようです。
そのため血中内でリンカーが外れてしまい、トポテシンに多く発現する消化管での副作用が認められています。
抗体薬物複合体の特徴の副作用を抑えるという特徴を完全には発揮できていない様に感じます。
もともとうトポテシンは血中に注射されている薬なので、
開発会社はリンカー分解され少々血中で薬物が放出されても大きな副作用に発展しないと踏んだのかもしれません。
アメリカではP3試験が進行中でしたが、P2試験の結果があまりによかったため有効中止という形が取られ、
少なくとも2レジメンの治療歴を有するトリプルネガティブ進行乳癌を対象に迅速承認されています。

論文紹介:転移性トリプルネガティブ乳がんにおけるサシツズマブゴビテカン
NEJMに2021/4/22に掲載された無作為化第3相試験の結果を簡単に解説します。
無作為化第3相試験:背景
対象:再発または難治性の転移性トリプルネガティブ乳がん患者(脳転移のない合計468人)
単剤化学療法(エリブリン、ビノレルビン、カペシタビン、またはゲムシタビン)と比較
主要エンドポイント:脳転移のない患者の無増悪生存期間
年齢の中央値:54歳
すべての患者は以前にタキサンを使用
サシツズマブゴビテカン235人に割り当て
化学療法233人に割り当て
結果有効性
サシツズマブゴビテカン | 化学療法 | ハザード比 | |
無増悪生存期間中央値 | 5.6か月 (95%CI 4.3〜6.3; 166イベント) |
1.7か月 (95%CI 1.5〜2.6; 150イベント) |
0.41 (95%CI:0.32〜0.52; P <0.001) |
全生存期間中央値 | 12.1か月 (95%CI、10.7〜14.0) |
6.7か月 (95%CI、5.8〜7.7) |
0.48 (95%CI、0.38〜0.59; P <0.001) |
客観的反応を示した患者割合 | 35% | 5% | / |
結果安全性
グレード3以上の主要な治療関連有害事象の発生率
サシツズマブゴビテカン | 化学療法 | |
好中球減少症 | 51% | 33% |
白血球減少症 | 10% | 5% |
下痢 | 10% | 1%未満 |
貧血 | 8% | 5% |
発熱性好中球減少症 | 6% | 2% |
有害事象による死亡 | 0人 |
3人 |

DS-1062
DS-1062は第一三共が開発中のADCです。
sacituzumab govitecanと異なり、開発はP1の結果が米国臨床腫瘍学会2020で発表されたばかりです。(結果はこちら)
登場はまだまだ先になるでしょうし、予期せぬ副作用で中止になるかもしれません。
この薬はTROP-2版エンハーツとも言える薬です。
抗体は当然TROP-2抗体、DARは4と1抗体に4つしか薬物を搭載していないという違いはあるものの(エンハーツは約8)
エンハーツとリンカーと抗腫瘍薬は全く同じです。
このリンカーは血中で安定し簡単には薬物を放出しません。さらにがん細胞で多く発現しているカテプシンによって切断されるため、非がん細胞に吸収されても薬物リリースを起こしにくい特徴を有しています。つまり正常細胞に影響を与えにくいリンカーと言えます。
正常細胞にもTROP-2が発現していることを考えると安全面で期待が持てます。
さらに搭載される抗腫瘍薬DXdはsacituzumab govitecanに搭載されているSN-38の1/10の濃度でトポイソメラーゼⅠを50%阻害することがわかっています。つまり薬物活性が10倍強い抗腫瘍薬です。
さらにリンカーが破損し万が一血中に解き放たれた場合、血中半減期が短く設計されているため早急に血中から消失します。

DXdの強さとリンカーの安定性が差別化ポイントになりそうですね。

ゆっくり学会結果を待ちましょう。
欧州臨床腫瘍学会で新データが発表(2021年9月)
欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で新しいデータが発表され、プレスリリースにて共有されています!
有効性については、Actionable 遺伝子変異のある非小細胞肺がん患者 34 名において、客観的奏効率は 35%(部分奏効12 名)で、病勢安定 は 41%(14 名)でした。また、奏効期間 中央値は9.5 ヶ月でした。
安全性については、新たな懸念は認められませんでした。主な有害事象として、吐き気と口内炎がみられました。間質性肺疾患(以下「ILD」)については、グレード 5(死亡)の 1 名が、ILD 外部判定委員会により本剤と関連のある ILD と判定されました。
引用:欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で発表した非小細胞肺がんにおけるDS-1062/Dato-DXd の第 1 相臨床試験の最新データについて

最後に

TROP-2いかがだったでしょうか。皆様の理解の助けになれましたら至極幸いです。
この他にも第一三共は抗HER3-ADCのU3-1402、抗B7-H3-ADCのDS-7300、抗GPR20抗体のDS-6157、標的非開示のDS-6000、前述のエンハーツにて同様のリンカーとDXdの組み合わせで抗体薬物複合体を開発、発売しています。

こんなに薬作れるなんてすごい羨ましいですね。