前回の記事ではCRISPR-Casの基本とメカニズムを紹介してきました。
前回の記事:【図解】わかりやすいCRISPR-Cas9解説【基本編】
無限の可能性があると言っても過言ではないCRISPRテクノロジーですが、当記事では臨床への応用がある程度期待されている筋ジストロフィー、鎌状赤血球、HIVに関する情報を紹介していきたいと思います。
なお、当記事は「CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見」を参考に作成しています。
筋ジストロフィー治療

まずは筋ジストロフィーです。dystrophyは栄養障害という意味です。dys異常−trophy栄養です。
筋ジストロフィーの直接原因は遺伝子異常です。その定義は
筋ジストロフィーとは骨格筋の 壊死 ・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称です。筋ジストロフィーの中には多数の疾患が含まれますが、いずれも筋肉の機能に不可欠なタンパク質の設計図となる遺伝子に 変異 が生じたためにおきる病気
難病情報センターより
となっている難病です。筋肉に必要な栄養が作れないために起こるので、筋ジストロフィーです。
この病気の治療にCRISPRを用いたゲノム編集が期待されています。
ミオスタチン欠損症
ミオスタチンというタンパク質があります。このミオスタチンは骨格筋で合成され、骨格筋の増殖を抑制します。
当然ミオスタチンの情報をコードした遺伝子があります。つまりこのミオスタチン遺伝子は筋繊維の生成にブレーキを掛け適正な量にコントロールする遺伝子です。
ミオスタチン遺伝子が欠損している生物は実はいくつか発見されています。ベルジャンブルー種、ピエモンテ種と言う牛、テクセル種という羊などです。
牛羊とどちらも家畜ですが、愛玩動物の中でも有名になものがあります。
ウィペットと言う犬です。
ウィペットはドックレースで有名な犬です。元々かなり筋肉質な犬ですが、
その品種の中にミオスタチン遺伝子2塩基欠損したブリーという品種がいます。
ブリー種はそれはもうムキムキです。ボディビルダーの様な体躯をしています。
多分見た方が早いのでAnimal planetの動画を確認ください。ウエンディという名前のブリーウィペットです。個人的にハムストリングが美しいと思います。
ブリーは通常種の2倍の筋肉量を誇ります。動画でも筋骨隆々な姿が確認できます。(腹筋も割れています)
通常のウィペット

ブリー種のウィペット
ブリーは2塩基のミオスタチン遺伝子を欠損しているんですが、この欠損により筋合成のブレーキが適切に働かずムキムキになっています。
そしてこの欠損を筋ジストロフィーに対する治療に応用する訳です。
筋肉合成のブレーキを司るミオスタチン遺伝子を破壊することで筋肉量を正常に戻そうという訳ですね。幸い特定の遺伝子のノックアウトはCRISPRの得意領域です。
具体的にはミオスタチン遺伝子を破壊する様に調整したCRISPR−Cas9を何らかの方法(AAVベクター等)で全身の筋細胞に導入したり、
CRISPR−GMDM(遺伝子を切断しないが接着のみ行って転写を阻害する)を使いミオスタチン遺伝子の発現を阻害する治療薬が検討されています。
反面、病気ではない人のミオスタチン遺伝子をノックアウトした場合、超人が生まれてしまいます。技術的には可能です。(突然変異で生まれた子供が既に存在していますが通常の幼児と比較して40%筋肉量が多いことが確認されています。)
ミオスタチンがノックアウトされた超人がオリンピックやボディビルディングで表彰台を席巻するかもしれません。
そういったたくらみは規制の確立した先進国では行われなくとも独裁国家では難しいかもしれません。
ミオスタチン欠損のデザイナーズベイビーによる超人部隊とかが出来ちゃいます。ガンダムSEEDのコーディネーターさながらです。
頭をよくする遺伝子変異とか反射神経をよくする遺伝子変異とか特定して編集すれば完全にキラ・ヤマトの誕生です。ハイマットフルバーストです。
CRISPRテクノロジーにはこれが出来てしまいます。CRISPR-Cas9の誰でも、安くできるという利点は新たな驚異を産み始めています。
鎌状赤血球:ドナーのいらない血液疾患治療

CRISPRは特定の遺伝子を選び出して不活化することが非常に得意です。
人間において一つの遺伝子変異で引き起こす疾患は7000にのぼると言われています。この単一遺伝子変異においてCRISPRは期待されています。
この単一遺伝子疾患の中で期待されているものとして鎌状赤血球症治療があります。
鎌状赤血球は11番染色体の1塩基がT→Aとなった結果、翻訳されるアミノ酸がグルタミン酸からバリンになる為、赤血球が変異して酸素運搬能力が低下し貧血になってしまいます。
何だ…貧血かよ!!って思いました?
たしかに鎌状赤血球症はヘテロ型遺伝(遺伝子を1つだけ持つ)の場合が日常生活に問題はありません。
しかし遺伝子を2つ持っているホモ型の場合は重度の貧血で亡くなってしまうんです。
治療には骨髄移植が有効です。でも骨髄移植にはドナー不足や拒絶反応といった問題がありますよね?
この問題を解決するためにCRISPR−Cas9を使います。
異常を持った患者自身の増血幹細胞を取り出し、CRISPRを用いて異常部分を編集し再度患者自身の中に戻すんです。
患者自身の細胞がドナーなので、拒絶反応やドナー不足といった問題を解決できると期待されています。
《追記》
2020年12月5日、NEJMに臨床応用成功の論文が掲載されました。
論文:CRISPR-Cas9 Gene Editing for Sickle Cell Disease and β-Thalassemia
CRISPRで問題となるオフターゲット効果もなく
1年以上たってもβサラセミア患者と鎌状赤血球患者の非輸血性を確認したとのこと…
この技術が拡大すれば、骨髄移植なく血液疾患の治療ができる時代が来るかもしれません。
CRISPRTherapeutics、VertexPharmaceuticalsというCRISPRバイオベンチャーの資金提供を受けている様ですね。
HIV治療への応用

最後にHIVです。HIVの紹介はいらないかと思います。
免疫を司るヘルパーT細胞に寄生する厄介なウイルスです。最終的にT細胞が減っていき免疫システムが破綻します。
HIVは感染する時にCCR5というT細胞の表面にあるタンパクを足掛かりにします。
不思議なことに白人にはCCR5遺伝子を欠損している人が1%いまして、彼らはCCR5タンパクをT細胞表面に持ちません。
CCR5がないことで何か日常生活に影響があるかというと、そんなことはなくいたって健康です。更にHIVに対する抵抗力を持ってます。
これをもとに科学者は考えました。
これは本当に行われていて、サンガモセラピューティクスというカリフォルニアの会社がZFNという遺伝子編集技術で一定の成果を既に上げています。
更にCRISPRテクノロジーを使えば更に低コストで実施か可能だと考えられます。
その他にも根治的な方法として、感染した細胞のHIV遺伝子自体をCRISPR−Cas9で切りとり、患者の細胞から完全にHIVを除去する方法も検討されてます。
動物実験ではテンプル大学とネブラスカ大学医療センターが既に成功しています(HIV eliminated from the genomes of living animals)
あとがき
筋ジストロフィー、鎌状赤血球症状、HIVに対するCRISPRの可能性を紹介しました。
構成上かなり省きましたが、参考図書のCRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見には更に多くの応用例が紹介されています。
前後二部構成の長編記事でしたが、これにておしまいです。
お付き合いいただきまして有難うございました。
Cas9の記事書いてたけど、発見者のダウドナ教授が次世代CasΦを発表…更に今回は包括的な特許もバッチリ!!
— チクチク@お薬ブログ (@mrnetinfo) August 17, 2020
Cas9は特許で、揉めて創薬に活かしきれなかった分、利権がはっきりしたCasΦは加速度的に利用されそう…
分子量が9の半分だそうでDDS的にもメリット大きい。https://t.co/jBe9VMzwvk
- 記事化しました:CRISPR-CasΦって何?【創薬を変えるテクノロジーかも?】
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